四里餅( しりもち )


名栗川



明治の頃、木材を東京へ運ぶ筏がひっきりなしに下る名栗川の四里は、飯能の激流として知られていた。裏に名栗川が流れる大里屋は茶店として大福餅と茶饅頭を出しており、「 この餅を食べると、激流も“しりもち”をつかずに一気に乗り切れる 」というころで大繁盛した。このことから大里屋の四里餅は名物として広まった。