他人に気持ちを運ぶ


地下鉄のホームへ降りると人が溢れかえっていた。夕方のラッシュ時。どうやら事故で電車が止まっているようだ。構内放送が流れている。


「地下鉄有楽町線は、有楽町駅にてお客さまが線路内に立ち入ったため全線で運転を停止しております。」
「お急ぎのところご迷惑をおかけしますが、状況がわかり次第ご連絡いたします。」
「地下鉄 … … … … … 。」


待っている間にもどんどん人が増える。ホームから押し出されそうだ。汗がふきだしべっとりとシャツが背中に張り付く。


きちんとスーツを着こなした、恰幅のよい40代後半くらいのサラリーマン二人が声高にしゃべっている。
「ほ〜んとに迷惑だよ。ちっとは人のことを考えろよな。」「バカヤロだよ。ラッシュの時じゃなくて、もっと空いてるときにしてくれよまったく。」「オレの部下だったらクビだよ、クビ。」


駅員さんが通りかかる。

「いったいなにしてんだよ。早く電車動かせよ。」「おまえらがちゃんと見てないからこんなことになるんだろ。」


理不尽なクレームである。ここは有楽町駅ではない。駅員さんは平身低頭している。自分の責任でもないのに言いがかりをつけられて気の毒だ。私だったら「そんなことは本人に言ってくれ」と返している、きっと。


そうこうしているうちに、「ただ今お客さまが無事ホームに戻られたため、運転を再開します。」とのアナウンス。


そのとき、私の右後ろにいた茶髪の女子高校生グループから、
「よかったよね。ケガなくて。」
「ウン、だよね。」
という話し声が…。


はっ、とした。
私はサラリーマン二人組みと同じことを考えていた。もし連れがいたら口に出していたかもしれない。恥ずかしさで顔が赤くなるのが自分でもわかった。


しばらくして来た電車はとても混んでいたけれど、なんだか幸せな気分だった。
やるじゃないか、若者よ。日本の未来は捨てたもんじゃない。