機嫌を取り続ける

例えば、すごく“わからず屋”の人が現われたら、天が自分の説得力を上げるために遣わしてくれたんだと思うと、それがすごくありがたいし、うれしくなる。どんなことが起こっても、自分に起きた現象は自分にとっていちばんいいことだと思うようにする。そしてそれを、自分の器を大きくするための訓練だと思うのだ。
自分に起こった出来事に対して、何かにつけて頭にくるよりも、自分の機嫌がよくなるようにする。そのために何が必要かといういうと、“理性”。腹が立つのはそこに感情があるから。その感情的になったときに、自分を上気元に持っていくのに必要なのは理性だ。だから、器量を上げるためには理性が必要なのだ。
人は機嫌がよかったり、悪かったりします。たまに器量が大きいことを言うこともあります。でも、それがいつもできるっていうのは、理性がないとダメなんです。その意識をずっと持っていると、それが習慣になって自然に身につきます。ある一定のところまで我慢してやっていると、習慣になってしまうんです。そうなるとなんの苦労もなくなってしまいます。