その瞬間


いつの間にか二人の兄弟が横に来ていた。地下鉄を待つ列のいちばん前である。お兄ちゃんは小学2年生、弟くんは幼稚園の年中さんくらいか。二人とも大きなリュックを背負っている。弟くんがお兄ちゃんからペットボトルを受け取り、口につけて飲もうと頭を大きく後ろに反らした。その拍子に、リュックの重さに引きずられるように、トッ、トッ、トッと後ずさりして線路側へ倒れ込みそうになる。とっさにリュックを摑んで引き止めてあげる。なんか可愛い。


その瞬間だった。


「 誰かぁぁぁ〜、駅員さんを呼んでぇぇぇ〜! こ、ど、も、が線路へ落とされるぅぅぅぅぅ〜 」という絶叫がこだました。二人の母親のようだ。
普段はほとんど見かけない駅員さんが、ワラワラと湧き出るように現れて、二人がかりで両脇を摑まれる。もう一人は弟くんを抱きかかえる。見事な連携プレーだ。きっと毎日練習しているのだろう。




後ろに並んでいた人が証言してくれたおかげで濡れ衣を被らなくて済んだのだが、その瞬間だけを見ればお母さんがそう思うのも無理ないかもしれない。
瞬間だけで物事を判断してはいけない。何事にもその前段階があるのだから。