半ケツとゴミ拾い

■俺も動こう、何かをやろう


午前6時、新宿駅東口広場。ここから僕の1日は始まります。


日本一、いや世界一往来が多いといっても
過言ではないこの広場のゴミを拾い、
それから大学に行く。
そんな生活を始めて約半年が経ちました。


きっかけは1本の映画でした。
帰省した折、兄から
「『107+1 天国はつくるもの』っていう映画が
あるらしいんやけど、観に行かへん?」
と誘われたのです。


怪しいタイトルだなと思いながらも、
特に用事もなかったので観に行くことにしました。
そして、号泣でした。


「一人が動けば世界は変わる」という
メッセージが込められたそのドキュメンタリー映画を観ながら、
「俺も動こう、何かをやろう」と思った時、
ぱっと頭に浮かんだのが、ゴミが散乱している
新宿駅東口広場だったのです。


「俺、毎朝6時から新宿の東口のゴミ拾いやるわ」。


上映後、興奮気味に兄に宣言すると、
「闇雲にやっても続かへんぞ。期間を決めてやれ」と言います。
「じゃ、1か月間やる」と約束し、帰京後すぐ開始したのでした。




■あるホームレスとの出会い


しかし、現実は厳しいものでした。
そもそも9時、10時に起床するような
怠惰な毎日を送っていたのです。
毎朝5時に起きるだけでもつらいのに、
時は11月上旬で、拾っても拾っても落ち葉が舞い落ちてきます。
次第に寒さが厳しくなる中、忘年会シーズンへと突入し、
通常のゴミはもちろん、ねずみやカラスの死骸、
女性の下着、注射針など、考えられないようなものまでが
捨てられていて、集めたゴミは10袋以上にも膨れ上がりました。


友人のアイデアで「一緒に掃除してくれる人募集」
と書いたダンボールの看板を首にかけていましたが、
通りすがりに「なんや、あいつ」と言う人、
目の前でゴミを捨てる人、時にはせっかく集めたゴミを
蹴飛ばす人もいました。


「もう止める、明日は止める。
 ……でも、1か月経たんうちに止めたら負け犬や」


200回以上そんな心の問答を繰り返し、
葛藤がピークに達した頃でした。
ある朝、いつも通り一人でゴミを拾っていると、
気がついたら一緒に拾っている人がいるのです。


突然現れたその人は、新宿駅に寝泊まりをしている
ホームレスの“石浜さん”というおじさんでした。
「君が毎日掃除しているのを見て、手伝えないかと思って」
と言って、以来毎日来てくれるようになった石浜さんは、
少し足が不自由で、ベルトがゆるいのか、
いつもズボンからお尻を半分のぞかせながらゴミを拾っていました。


ところがある朝、僕のほうが寝坊してしまった時がありました。
急いで駆けつけたものの、新宿に着いたのは八時近かったと思います。
広場では石浜さんが一人で足を摺りながら
ゴミを拾ってくれていました。


俺が行かなかったら、石浜さんは一人でやることになるんだ──。


いま振り返ると、その頃から「つらい」とか
「やめたい」という思いが消えていったように思います。
すると不思議なことに、道行く人に
「毎日ありがとう」とか「ご苦労様」と声をかけられたり、
時には温かい飲み物を差し入れてくれる人まで現れました。
そして「手伝います」と言って、
一緒にゴミを拾ってくれる仲間が一人、二人と増えていったのです。


そうなると段々楽しくなってきて、
クリスマスの頃には
「俺、このゴミ拾いはずっと続けていくんだろうな」
という確信を持ち始めていました。



■一灯照隅の生き方とは?


しかし、ちょうどそんな時でした。


「あれ、きょうは来ないのかな」と思ったその日から、
石浜さんは来なくなってしまったのです。
現れた時と同じように、突然ふっと姿を消してしまいました。


もしかしたら石浜さんは、
僕がゴミ拾いを続けられるように
神様が姿を変えて現れてくれたのかもしれません。
もしもあの時、石浜さんが現れなかったら、
たぶん今日まで続けてこられなかっただろうと思うのです。


そうして半年が経過したいま、新宿東口広場のゴミ拾いは、
同世代の大学生を中心に少しずつ仲間の輪が広がってきています。
それぞれの都合に合わせて参加してくれていますが、
申し合わせなくても毎日10人前後が集まるようになりました。


2時間かかっても終わらなかったゴミ拾いも
1時間で終わるようになり、ゴミの量も半分以下になりました。
ここまできたらこの広場を
ゴミ一つ落ちていない場所にしたいと思い、
現在は東京都と連携して対策を取りながら行っています。


ゴミ拾いを続ける中で気がついたことが一つあります。
よく「人生を変えたい」「幸せになりたい」と言いながら、
「何をしたらいいかわからない」という人がたくさんいます。


実際、以前の僕もそうでした。
熱中しているものもないし、友達と遊びたいし、
ダラダラしているほうが楽だと思い、
人生を変えたいと思ってもその一歩を踏み出せずにいました。


しかし人生を変えるには、会社を起こすとか、
メジャーデビューするとか、
そんな大きなことをしなくてもいいのです。


ゴミ拾いのような、やる気になれば誰にでもできる
小さなことを着実に積み重ねていく。
そうすれば絶対に人生は変わるし、
幸せになれると実感しています。


毎朝元気に挨拶をする、花に水をあげる、
お母さんの家事を手伝う。
自分ができる小さなことを積み重ねていけば、
それによって必ず自分の人生は輝き出す。
それがゴミ拾いを通して得た学びであり、
一灯照隅の生き方ではないかと思っています。


致知 』2007年7月号「 致知随想 」 より引用



「 半ケツとゴミ拾い 」  荒川祐二 著、地湧社 刊