事業は人なり

松下幸之助は、「 松下電器は何をつくる会社か 」と尋ねられたら、「 松下電器は人をつくるところです。あわせて電気器具をつくっております。こうお答えしなさい 」 と従業員に話していた。
強い競争力もブランドも、究極的には人がつくるもの。トヨタもまたそうである。事業は人なりと、人を育成することを第一として今の強い組織を作り上げてきた。


2兆円を超える利益をあげるトヨタには目標管理がない。売上高や利益をいくら伸ばそうという数値目標がない。
日本の会社では成果主義の美名のもと、MBO ( マネジメンント・バイ・オブジェクト )= 目標管理が流行っているが、それがうまくいっているという話を聞いたことがない。
上司と部下が数値目標を握りその達成度合いに応じて査定される仕組みは、自分の能力よりも低い目標を設定して目標を達成しやすくしてよい査定をもらおうとする社員ばかりになったという大手電機メーカーのように、弊害の方が大きいことも事実である。また、目標管理では結果さえ出せばよいということからそこに至るまでのプロセスがないがしろにされ、いわゆるコンプライアンス上の問題が出てくることも多い。会社の目的とずれていても、数値目標さえ達成すれば評価される仕組みだからである。


トヨタで実践されているのは目標管理ではなく、「 方針管理 」。方針管理とは、「 こちらの方向に向かって仕事をするぞ 」という企業哲学である。この方針管理について、トヨタは 「 スタンダードを作るためのもの 」と定義している。

カイゼン ”に代表されるように、トヨタでは「 PDCA 」を重視する。さらにこの後に「 S 」が来る。Sとは「 スタンダーダイゼーション( 標準化 )」だ。すなわち、トヨタの仕事の仕方は、P→D→C→A→S→D→C→A→Sの繰り返しによって、会社を理想の方向へ進め、それをあたりまえのことにしてしまうのである。

トヨタではどうあるべきかがとことん議論される。議論に時間を費やし、DCAの段階で一気に突っ走る。企業の競争力はDCAの部分で現れる。分析や会議ばかりしていても実践しなければ売り上げにも利益にもつながらない。しかし性急な実践は方向を誤る。トヨタのPにおける徹底した議論はみんなが納得して実践するための作戦会議なのだ。方針管理とはコンセンサスとチームワークを重視する仕組みでもある。


「 企業だから数字も大切だが、100年後にどんな会社になっていたいのか、あるいはトヨタの社員としてどうあるべきかを考えることの方が大切。トヨタでは継続性のない結果は結果とは言わない 」というポリシーがうらやましくもある。

ゼロ生産が続いていた2001年6月、トヨタ社長の張富士夫が欧州への出張のついでにトルコ工場にやってくることになった。トルコ工場責任者の小林は、「 社長が訪問中の一〜二時間だけラインを動かしておこうか 」とも考えたが、即座に止まっているありのままの工場を見てもらうことにした。「 経営者に包み隠さず悪い現状を見てもらい、総合的な判断を誤らないようにしてもらうことが、現地の責任者の仕事だ 」と、考えたからだった。


「 流行りのフラット型組織は、意思決定は早いと言うが、人材育成という視点でどこまで機能するかは疑問。上司がいて、先輩がいて、議論したり、怒られたりしながらそのなかで鍛えられないと、人材は育たないのではないか。 」


極論すれば、「 利益が出る 」とわかっていても、プロセスが悪ければ、あるいはプロセスに納得しなければ、仕事には取り組まない。


人の能力を引き出してこそ、人に優しい企業。トヨタは、徹底して議論する風土や社員の心構えやチームワーク力など、外部からは見えにくい競争力を構築していくことが得意。


「もう一度やらせてみて、成功したら大いに誉める。そうすると、自信のなかった子に自信がつく」(トヨタ工業学園主査・石川潔和)


「手を汚さないで仕事ができるか」(創業者・豊田喜一郎


人間尊重とは 「 その人の仕事の成果が世のため人のためになるようにしてやることではないか。無駄な時間を費やさせることは収奪に他ならない 」


個人や組織に蓄積している暗黙知形式知化し、社内で伝えやすいようにして、知らない人に教えることで、作業の効率化等は進むであろう。でも、肝心なことは、新しい暗黙知を生み出すことであり、これが抜本的な変革につながる。


お客に感動を与えられる営業でなければ、お客の気持ちは豊かにならない。横井は「 だからブランドづくりは、人づくりなのだ 」と説明する。


引用文献: トヨタ愚直なる人づくり 」 井上久男 著、 ビジネス社 刊